OTって何してるの? その「なんだかうまくいった」の裏にいるかもね(´・ω・`)
先日、リハビリテーション部署のミーティングで、OTの介入についてお話ししたんですね。
限られた人数で、すべての患者さんに同じように関わるのは難しいので、同じリハビリ職種のPTやSTとも相談しながら優先順位をつけていきたい、と。
すると、
「何をもって優先順位をつけるの?」
というお話になりまして。
いや、ごもっともです。
抽象的な話で伝えたので、OTの専門性ってなんだろうって感じになったかもです。
んで、僕が伝えた内容としては、、
・OTが入ることで病棟ADLが変わりそうな方。
・退院に向けて生活環境の調整が必要な方。
・本人や家族、多職種の間で、支援を整理する必要がある方。
そんなことを説明したんですが、どうにも伝わりきらない感じです。
んー。
まだまだ、抽象的な感じらしい。
OTって、何してるか分かりにくいんでしょうな(´・ω・`)
いや、働いてますよ。
見えにくいところで、結構いろいろ拾っているんですわ(´・ω・`)
「歩けます」とか「入院前ADLと同様です」の間に、いろいろある
例えばですけど、
歩けるようになりました。
入院前ADLです!
じゃあ、自宅退院ですね!
……となったとき。
患者さん本人は、家に帰ることをどう思っているのか。
トイレでズボンの上げ下げまでできるのか。
夜中に一人で行くときはどうなのか。
家族が「大丈夫です」と言っているけど、何がどこまで大丈夫なのか。
そこまで話がつながっているんですね。
歩けたらとか、動けたらとかで、その患者さんの暮らしの問題が全部解決するわけではないんですね。
もちろん、そこまで考えているPTさんもいます。
そして、これはOTにも同じことが言えます。
上肢機能を評価しました。
認知機能の検査をしました。
んで?
その結果、患者さんの生活をどうするんですか?
そこまで考えなければ、OTも人のことは言えませんな。
自分で書いていて、ちょっと痛い(´・ω・`)
OTが拾っている、そのボール
OTの仕事はバレーボールに似ているところがあります(個人的意見ですよ、しかも僕は元野球部という笑)。
アタックを決めた選手は、分かりやすいよね。
得点になりますし、歓声も上がります。
でも、その前に誰かが難しいボールを拾っていて、誰かが打ちやすい位置にトスを上げているんですね。
病棟でも、似たようなことがあります。
患者さんがポロッと話した不安を拾う。
家族とスタッフの認識がずれていることに気づく。
リハビリではできているのに、病棟ではやっていない動作を確認する。
看護師さんと相談して、実際の生活でできる方法を考える。
そうやって、あちこちつないで、ようやく退院の話が進む。
すると、
「なんだかスムーズに退院できたね」
となる。こともある。
たぶん(´・ω・`)
でも、
その「なんか上手く進んだ」の中に、OTの仕事が入っていることがあるかも(´・ω・`)
放っておいたら、後から「そんな話、聞いてませんけど?」となりかねない、クレーム的な食い違いも、先に確認して調整していることもあったりね。
でも、先に整えたら問題は起きない。
問題が起きなかったので、整えた仕事も見えない。
なんという評価されにくい(´・ω・`)
表に出にくい&目立った専門性が捉えにくいから、分かりにくいというパラドックス(´・ω・`)
だから、うちのOTは病棟制にしている
当院では、PTは疾患別のチーム、OTは病棟を軸に担当しています。
僕がOTの病棟制で大切にしたいのは、患者さんが生活している場所で、生活そのものに関わることです。
同じ疾患でも、困っていることは違います。
身体機能が似ていても、一人暮らしなのか、家族と暮らしているのかで、必要な支援は違います。
本人が何を大切にしているのかによっても、目指すところは変わります。
だから、疾患名だけで話が終わらない。
看護師さん、介護福祉士さん、医療相談員さん、主治医、ご家族。
その人たちと顔を合わせながら、病棟での過ごし方や退院後の生活を考える。
そういう視点を、若いOTにも育ててほしいんですね。
学生のときに習ったICFも、ここにつながると思っています。
あの図、国家試験のために覚えて終了してませんかね(´・ω・`)
心身機能、活動、参加、環境因子、個人因子。
項目ごとに情報を埋めて、きれいに整理して、おしまい。
いやいや。
矢印の相互関係まで考えるための図でしょうが、と。
家の環境が変われば、できる生活も変わる。
本人がやりたいことが分かれば、練習の目的も変わる。
そうやって、いろんな要素を紡ぎながら、
活動や参加に繋げて、より良い方向に進める力がOTにはあると思うわけです。
同期のPTが、なんだかまぶしく見える若手OT問題
若いOTは、自分の専門性に悩むことがあると思います。
わりかし、あるあるかも。
同期のPTが、歩行分析や身体機能のことを詳しく話している。
STが、嚥下やコミュニケーションについて専門的に話している。
それを見て、
「自分には何があるんだろう」
となる。
OTも身体機能や認知機能に関わりますし、生活環境も考える。
守備範囲が広いぶん、自分の得意なことがぼやけて見えるんでしょうね。
だから、分かりやすい技術が欲しくなる。
この手技ができる。
このアプローチを学んだ。
この研修を修了した。
そういう、自分の専門性を説明できる何かが欲しくなる。
でも、
目的と手段を履き違えたら、OTとしてのなにか大切な思考が損なわれるような気がするんですね。
リハビリテーションとしての戦略と戦術の違いとか。
その作業療法というアプローチも
何をするのか?ではなく、何のためにしているのか?
を考えて、患者さん・ご家族と多職種と一体となって取り組むことが大事ですね。
作業療法のコンセプトを、自分の中に落とし込む
だからこそ、若いOTには、作業療法のコンセプトをしっかり学んでほしいと思っています。
難しい言葉で定義を言えるようになろう、という話でもなくて。
「この人は、どんな生活を送りたいんだろう」
「今、それを難しくしているのは何だろう」
「本人の力を伸ばすことと、周りを整えること。何が必要だろう」
「この練習は、この人の何につながっているんだろう」
そういう問いを、自分の担当患者さんで繰り返し考えること。
そこに、手技や評価の知識がつながってくるのだと思います。
僕は、OTにスキルがないとは思っていません。
生活の中のずれに気づくことも、課題を整理することも、実際にできる方法を見つけることも、技術でしょう。
ただ、それを自分たちで説明せずに、
「OTの良さって、なかなか分かってもらえないんですよね」
と嘆いているだけでは、伝わらんですわな。
察してもらおうとしていた自分も、アホかと(´・ω・`)
何に気づいて、何を変えて、その人の生活がどう変わったのか。
そこまで言葉にしていくことは、僕たち自身の宿題なのだと思います。
できれば、失う前に気づいてほしい
OTの仕事って、水や空気みたいに、うまく回っているときほど意識されにくいのかもしれません。
なんだか連携がうまくいく。
なんだか退院の話が進む。
その裏で、誰かが拾ったり、つないだり、確認したりしている。
リハビリ見学と退院支援とか。
でも、
いなくなって初めて、
「あれ、あのOTって結構いろいろやってくれていたんだな」
と気づく。
大切な彼女に振られたあとに、ようやくありがたみが分かるダメ彼氏的なやつですね笑
遅いんですわ(´・ω・`)
いや、できれば、いるうちに気づいてください笑
話を戻して、
OTとして、今日、患者さんのどんな困りごとを聞いたのか?
誰とつないだのか。
何が少し前に進んだのか。
そこに、自分が大切にしたい作業療法の姿があるかもしれません。

